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東京高等裁判所 昭和47年(行コ)65号 判決 1973年10月30日

控訴人 宏和ビル株式会社

被控訴人 芝税務署長

訴訟代理人 伴義聖 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四五年五月三〇日付で控訴人に対してした昭和四三年一二月一日から昭和四四年一一月三〇日までの事業年度分法人税の更正処分のうち、所得金額三八七万〇、四三七円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は左のとおり訂正、付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

原判決添付別表中「星野国際特許事務所」とあるを「星野国際特許事務所こと星野恒司」と訂正する。

(控訴人の主張)

一  本件償却費が益金であることは認めるが、その帰属事業年度を争うものである。

二  本件賃借人らは、本件賃貸借契約の解除又は終了の時に本件償却費を支払う債務を負う旨約定されている。従つて、本件償却費債務は「契約解除又は終了の時」を停止条件とする債務であり、本件賃貸借契約の締結時ないし貸室の本件賃借人らへの引渡時にはいまだ効力を生じていない。

三  仮に前項主張の定めが停止条件にあたらないとしても、右は、本件賃借人らの本件償却費債務につき不確定の履行期限を定めたものである。したがつて、本件償却費は、公正妥当な会計処理の基準である期限到来主義によつて、契約の解除又は終了の時の会計年度の所得とすべきである。なお、本件償却費が権利金の性質を有するとしても、権利金であるからただちに契約成立の時ないし貸室引渡の時の所得となるものと解すべきいわれはない。賃貸借契約存続中又は終了の時に、更新料、名義書替料、承認料等の名義で権利金の性質を有する金員の授受が行われることは公知の事実であるし、本件償却費の支払時期については「契約の解除又は終了の時」と明確に約定されているのである。

四  本件賃借人らの本件償却費債務は、本件賃貸借契約め終了まで存続し、反面控訴人の預託保証金等返還債務も、本件賃貸借契約の終了まで、その全額につき存続するものと解すべきである。

したがつて、本件賃貸借契約の締結の時又は貸室引渡の時に償却費相当額が控訴人の所得となるものでないことは明らかである。

(被控訴人の主張)

一  本件償却費相当部分として本件賃借人から控訴人に交付される金員は、その実質は権利金である。

すなわち、本件償却費相当部分については、契約の文言上はともかく、実際には、控訴人が本件賃借人らから預託を受けた保証金等から控除されるものであつて、控訴人は契約終了の時又は解除の時において、本件償却費相当部分を右保証金等から控除して、その残額のみを本件賃借人らに返還すれば足りるという契約関係にあつたと認められる。しかも、本件償却費は、本件ビル貸室賃貸借契約が解除又は終了し賃借人が退去して新たに賃貸するにつき、貸室を前記賃貸借前の状態で回復しておくための必要費用にあてる為収受されるものであつて、貸室の破損や汚れの程度および賃貸借期間の長短とは無関係に予め約定された一定の金額が支払われることになつている。貸室の破損等の回復のための費用は本件償却費とはかかわりなく賃借人が別途負担することと約定されている。

以上の事実からみても、本件償却費は権利金としての性格を有することは明白であるが、右権利金債権の確定の時期は、賃貸借契約締結時ないしは遅くとも貸室の引渡しのあつた時と解すべきである。すなわち、権利確定主義は収益認識基準として公正妥当な会計処理の基準であるし、また、権利確定の時期とは法律上権利を行使しうるようになつた時と解されているところ、本件償却費支払請求権は、本件賃貸借契約成立の時、ないしは遅くとも貸室の引渡しがあつた時と解するのが妥当であるからである(もつとも、これ以前に償却費相当額を含む保証金が現実に交付されていれば勿論この交付の時期である)。

二  「契約解除又は終了の時」という附款がそれ自体停止条件でないことは、これが客観的に成否不明の事実でないことからも明白である。

三  「契約解除又は終了の時」なる文言を不確定期限と解するのは本件償却費の権利金としての性格を無視した主張であるし、期限到来主義は会計学上一般的な収益認識基準ではなく、代金の支払が比較的長期にわたり、かつ、分割して支払われる割賦販売に特有な収益認識基準として認められているものである。したがつて期限到来主義が本件償却費のような場合の収益認識基準として妥当しないことが明らかである。

(証拠)<省略>

理由

一  引用原判決事実摘示中の控訴人主張の請求原因1(本件処分の存在)および同2(不服申立手続履践関係事実)の各事実は当事者間に争いがない。

また、本件処分のうち控訴人に本件事業年度分として三八七万〇、四三七円の所得があつたとする点も当事者間に争いがない。

二  そこで、右所得のほかに、控訴人に被控訴人の主張する本件事業年度分の一二九万九、四〇〇円の所得があつたか否かについて審按する。

1  控訴人が、引用原判決添付別表(以下別表という。)記載の本件賃借人らとの間に本件事業年度において締結したビル貸室の本件賃借契約(月額家賃は別表記載のとおり。)に基づき、本件賃借人らから別表記載のとおりの保証金および敷金(以下本件保証金等という。)(合計二、〇一六万円)の預託を受けたこと、本件賃貸借契約には別表記載の計算による別表記載のとおりの償却費(合計二一九万九、四〇〇円)(以下本件償却費という。)の定めがあること、ならびに本件償却費が益金であることは当事者間に争いがない。

2  前記争いのない事実ならびに<証拠省略>および弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

(1)  控訴人は、本件事業年度内において、本件賃貸借契約に基づき本件賃借人らから前記高額な本件保証金等の交付をうけ、かつ当該各ビル貸室を本件賃借人らに引渡したこと、本件賃貸借契約中には、解除をふくむ本件賃貸借契約終了のあらゆる場合(以下単に本件賃貸借契約終了の場合という。)において、本件賃借人らは控訴人に対し本件償却費を支払うべき旨の約定があること、本件償却費は、本件賃貸借契約が終了して本件賃借人らが退去し控訴人が貸室をあらたに他に賃貸するにつき貸室の自然の損耗を修補して本件賃貸借契約前の状態に完全に回復するための控訴人の必要費用にあてる趣旨で支払われるものであつて、貸室の破損や汚れの程度、賃貸借終了の原因、賃貸借期間の長短とは関係なく予め約定された一定の割合ないし一定の金額として定められているものであり(別表のとおり。)、これに対し貸室の破損等による本件賃借人らの責に帰すべき原状回復の費用は、本件償却費とはかかわりなく本件賃借人らが別途負担すべきものと約定されていること、本件賃借人らから控訴人に交付された本件保証金等は、一たん控訴人の所有に帰し、控訴人は本件賃貸契約終了の場合に、本件保証金等から(別表1、2、3、4については保証金から、別表5の星野国際特許事務所こと星野恒司については敷金から)本件償却費相当金額を控除した残金額を本件賃借人らに返還すれば足りる契約関係にあるところ、本件保証金等のうち本件償却費の金額(別表記載のとおり。)にあたる部分(別表1、2、3、4については保証金のうちの部分、別表5については敷金のうちの部分)(以下本件償却費相当部分という。)は、契約上の文言はともかく、その実質においては、もはや控訴人において本件賃借人らに返還することを要せず収益処分をなし得る趣旨の金員として控訴人に交付され、控訴人において収受したものであること、

(2)  なお、本件賃借人らのうち別表5の星野国際特許事務所こと星野恒司(以下星野国際特許事務所という。)と控訴人との間には、本件賃貸借契約終了時の家賃月額をもつて本件償却費を算出しその金額が別表5の本件償却費の金額(本件償却費相当部分)に比して過不足あるときは、その際その過不足金額につき決済処理すれば足りるとする契約関係があること、星野特許事務所から控訴人に交付された別表5の本件保証金については、賃貸契約期間一五年間のうちの当初の五年間は無利息とし、六年目以降一〇年間にわたり年賦で年二分の利息を付して償還すべき旨の特約があるが、控訴人は右保証金のほかに金一一四万円の多額の敷金の交付を星野特許事務所から受けている(この点は当事者間に争いがない。)ものであつて、本件償却費の控除、本件償却費相当部分に関する契約関係は右敷金に関して前記(1) 認定のとおり定められているものであること、また別表4の本件賃借人高速録音株式会社は、昭和四六年一月、本件賃貸借契約の解除により貸室から退去するに際し、本件償却費を支払わないこととして控訴人から本件保証金全額の返還を受けたけれども、これは、右会社が控訴人の右解除の申入れを承諾する際、控訴人と話し合つた結果、控訴人と右会社との間に、右会社からは本件償却費を徴収しないこととして本件保証金の全額を右会社に返還する旨の特段の合意が成立したことに基づくものであること、

以上の事実を認定することができる。

<証拠省略>中前記認定に反する各部分は、<証拠省略>、弁論の全趣旨に照らして俄に信用することができず、他に前記認定を覆し、本件償却費債務が停止条件付債務であるとする控訴人の主張を認めるに足る証拠はない。

そこで、前記争いなき事実ならびに前記(1) 認定の事実関係によれば、本件償却費は権利金の一種であり、控訴人の収受した本件償却費相当部分は、その実質にかんがみ、法人税法二二条二項にいわゆる本件事業年度の収益にあたるというべきである。

前記(2) 認定の事実関係は、本件償却費相当部分が本件事業年度の収益にあたるとする右認定判断を補強こそすれ、それを妨げる事情とはならないし、他に右認定判断を左右するに足る事実の立証はない。

そして、収益から控除さるべき損金については何らの主張立証もないから、控訴人の収受した本件償却費相当部分合計金一二九万九、四〇〇円は、控訴人の本件事業年度の所得の金額(法人税法二二条一項)にあたるものというべきである。

なお、本件償却費債務の履行については、本件賃貸借契約上、本件賃貸借契約終了の場合に支払うべきものとされ、右は不確定期限の定めと解すべきであるが、叙上の事実関係にかんがみ、右不確定期限の定めを以て、控訴人の収受した本件償却費相当部分が本件事業年度の収益にあたるとする叙上認定判断を左右することはできない。

また、本件保証金等に関する控訴人、本件賃借人らの会計処理が控訴人主張のとおりであるとしても、叙上の事実関係にかんがみ、控訴人の収受した本件償却費相当部分を本件事業年度の収益とする前記認定、判断を左右するに足りない。

三  以上の次第で、本件償却費相当部分一二九万九、四〇〇円を控訴人の本件事業年度における収益、所得の金額とし、これに基づいてした被控訴人の本件処分には違法はないから、その取消を求める控訴人の本訴請求は失当である。

したがつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上野宏 後藤静思 日野原昌)

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